愛染峠
朝日連峰が眼前に迫る秘境のダート峠
読み方 | あいぜんとうげ | |
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標高 | 1060m | |
位置 | 山形県西置賜郡白鷹町・西村山郡朝日町 | |
道路 | 林道黒鴨線 | |
水系 | 最上川 | |
実走日 | 2010年6月12日(土) | |
地図など | Google Maps・地図院地図 |
山形県と新潟県の県境のあたりにある朝日連峰は、標高こそ2000m足らずであるが、なかなか懐が深く、新潟平野育ちのおれにとっては、飯豊連峰と並んで、白く気高く遠い山並みという印象があった。その朝日連峰に谷ひとつを挟んで正対する位置に、この愛染峠はある。
そういうわけで、朝日連峰にとっての愛染峠は、飯豊連峰にとっての樽口峠のようなものということになる。しかし実際のところは、この愛染峠は樽口峠に輪をかけて行きにくい峠である。位置は奥深いし、標高はずっと高いし、道のりもはるかに長く、しかもダートである。
しかしこの峠はもちろん、その大変さに見合うだけの峠でもある。それは鞍部からの朝日連峰の眺めのよさからだけではなく、峠道自体の険しさ、淋しさ、自然の濃さからでもある。
おれは白鷹町の黒鴨からこの峠を目指した。荒砥から県道225号線をしばらくじりじり上ると黒鴨の集落の手前で左にダートが延びていた。朝日岳表登山口の石柱、真っ赤に錆びた林道黒鴨線の標識が出ている。少し離れて黒鴨地区の観光案内の看板もある。ここが上り口だ。間違いない。標高は260mほどだ。
最初はスギ林の中だ。少し行くと右下に黒鴨の集落を見下ろす。やがて植生は普通の広葉樹林になる。タニウツギの桃色の花とフジの薄紫の花が目立つ。ホオノキとトチノキにも咲いているものがある。ハルゼミというやつなのか、わんわんと声がする。
標高400mあたりからは道端に雪が積もっているのを見るようになる。上にびっしりと赤茶色の落ち葉が積もっており、そのせいで解けにくいのだろう。何にせよ、涼しげなのは結構だが、まだまだ鞍部まで標高差はあるので不安にもなる。
果たして、標高480m地点付近のカーブで、道がこんもりとした雪の山に覆われているのに行き当たる。雪の山はカーブの内側の谷にまでせり出している。雪庇を踏み抜いて転落、などというのは自転車をやっている限り無縁だと思っていたが、不意にその危険が訪れてしまった。タイヤを横滑りさせながら慎重に自転車を押し、どうにかその雪山をクリアする。
そこからしばらくは道路上に落ち葉がたくさん落ちていて、まるで腐葉土の上を進んでいるようだった。しばらく行くと路面の様子は元に戻る。全体としては路面は落ち着いた感じだ。
ときどき背後にこれまで上ってきた谷の眺めがある。植生はあまり変わらないが、タニウツギやヤマツツジに混じって、可憐な花をいっぱいに咲かせたエゴノキもちらほら見る。草ではヒメシャガも見かける。
途中、軽トラが停まって中高年の夫婦が山菜を採っているのを見かける。ここで軽トラを見るということは、反対側からは自動車は入ってこれるということだ。少しほっとする。
標高600mを超えたあたりからは勾配は緩くなり、下り気味の箇所もある。しかしそれが終わってから標高900mあたりまでは一転して地獄の登坂となる。背後の眺めはますますよい。広い谷が見え、山腹を今まで走ってきた道筋が横切り、彼方には霞の中に山影が見える。
鞍部の手前ではまた勾配が緩くなった。白鷹山の山腹の高原や、山頂の建物の姿が見える。
最初おれはこの山影を白鷹山ではなく蔵王だと思っていた。そうではないと気づいたのは実は翌朝で、それはその山影のさらに向こうにもっと高い山影がシルエットで見え、その方角に蔵王よりも高い山があるはずがないからだった。
やがて左から来た未成の舗装路に合流し、道は舗装になる。じきに鞍部に到着。路面には雪がこんもりと積もっている。右側がやや広い広場で、地図から受ける印象よりずっと開けて明るい感じだ。
広場からは朝日連峰の頭が見える。また大きな林道の完成記念碑がある(日付は1971年10月とある)。また広場の反対側にはタムシバ(コブシによく似た花をつける小高木)が咲いていた。遅い春だ。
歩いて鞍部の向こう側に少し歩いていってみる。すぐに眼前に朝日連峰の大展望が開ける。夏らしいもやがかかり、しかも夕方の逆光で山肌の様子はほとんどうかがえない。
さて、鞍部の広場の奥には階段があり、それを上るとコンクリート製の避難小屋がある。一応テントは持ってきてはいるものの、ありがたくここに泊まらせてもらうことにする。中は広いし、畳敷きなのもありがたいが、カマドウマがぴょこぴょこ跳ねているのは……まあしかたがないのか。
ちなみにこの鞍部は、山深い峠にしては珍しいことに、おれのauの携帯電話の電波の圏内だった。
さて翌朝は早朝に起き出して順光のはずの朝日連峰を眺めに行く。夕方のようなもやはない。御影森山、大朝日岳、小朝日岳、鳥原山が、朝だからといってひんやりとまではしていない、しかし静かな空気の中にたたずんでいる。ウグイスが鳴いているのが聞こえるが、セミの声はまだしない。
写真は、中央やや左に見えるうねった道路の真上にあるのが御影森山で、その右奥に見えるのが大朝日岳のはずである。
日が高く昇るまで出発を遅らせ、それまで山を眺めながら路肩の雪と戯れる。そんなおれの脇を軽トラが下りていった。こんな朝早くから入り込んでいるということだろうか。
7時過ぎに出発とする。陽が当たらずどこか陰鬱な谷に下りていく。こちら側にもとてもタニウツギが多い。鞍部のような眺望はない。舗装はきれいだが、濡れている箇所が多いうえに木の枝やら木の葉やらがたくさん落ちている。しまいには後輪のスポークに木の枝をはめてしまい、後輪がロックする。おれはとっさに脱出したが自転車は転倒した。やれやれ……。
標高810m付近の谷渡り部分では、雪がまたしても路面に覆い被さっている。しかたなく雪の上を押して越える。これでは四輪車は峠のどちら側からも入ってこれないと思うが、それなら昨日今日と見た軽トラは一体何だったのか。
軽トラを駆って山中を彷徨する遭難者の霊!!!
……とかじゃあるまいね。
そこからは舗装がぼろぼろになったような箇所も含むダートである。峠の下りの途中で道が悪くなるというのはとても気味が悪い。どこかで間違えたのかと不安になるからだ。
道は深い谷に下りていき、何やかやでやがて朝日鉱泉に到着する。振り返るとこの先工事通行止という旨が書いてある看板が立ててある。なお、朝日鉱泉の駐車場からは大朝日岳の眺めがよい。
そこからも道は舗装になったりぼろぼろの舗装路のようなダートになったり普通のダートになったりとめまぐるしい。比較的交通量も出てきた。谷間にはホオノキやトチノキの花もたくさん見られる。朱色っぽいツツジもぽつぽつある。
やがて山毛欅峠へ行く道への分岐に到着。大規模林道 真室川・小国線 大江・朝日区間という標識が出ている。そちらは2車線の舗装だが、直進して朝日川沿いに下る道は相変わらずの舗装ぼろぼろの道だ。このまま最上川に出るまでこんな道なのかと思ったが、実際はそこから少し行くと道はきれいな舗装になった。しかし道幅は1車線しかなく、路肩が脆そうで自転車と自動車のすれ違いも楽ではなさそうだ。
立木まで来ると道は広がって走りやすくなる。道沿いに集落が続く。道なりに下り、太郎でトンネルをくぐって県道9号線に行き当たる。もう最上川本流の谷であり、峠道もここで終わりである。標高は170mほど。
2010年10月、この峠について、十部一峠の鞍部で出会った地元の方(当該頁の「山形ナンバーのバイクのおじさん」)から情報をいただいた。興味深い内容なのでありがたく転載させていただく。そもそも愛染峠に行こうと思ったのもこの方に眺望のよさを教えていただいたからなのだが……。
まず、鞍部にあり、峠の名前の由来になっている愛染明王像について。おれは現地に行ったときには確認し忘れていたのだが。
また奥に愛染明王が祀られているのは 昔の白鷹町長がお寺様の坊さんだからです
hmhm。そして、携帯電話の電波について。
ついでに AUの携帯が繋がるのは・・
東側に蔵王連峰が見えたと思いますが その北端に笹谷峠が見渡すことができます
この笹谷峠には電話会社の大中継基地があるので 愛染峠周辺だけは携帯が繋がるわけです (朝日鉱泉では衛星電話です)
2010年9月30日初版 / 2011年6月9日更新