剣峠
暗い森と明るい海の峠
読み方 | つるぎとうげ | |
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標高 | 320m | |
位置 | 三重県伊勢市・度会郡南伊勢町 | |
道路 | 三重県道12号線 | |
水系 | 宮川・五ヶ所川 | |
実走日 | 2014年9月27日(土) | |
地図など | Google Maps・地図院地図 |
剣峠は志摩半島の背骨を南北に横切るいくつかある峠のひとつである。主要地方道ではあるがかなり未整備で、標高の割には険しい雰囲気もあり、南国の峠らしい雰囲気をたっぷり味わうことができる。
近くにはパールロードのような観光道路もあるから、志摩半島に来るのが複数回目でなければ、ここを走るのはかなりマイ・チョイスな行動だと言わなければならないだろうが、風情のある峠としておすすめはしておきたい。
おれは北側の伊勢市側からこの峠を越えることにした。県道715号線で五十鈴川沿いに峠の麓へ向かう。堤防に赤いヒガンバナがたくさん咲いている。
しかしこの峠の麓というのは、つまり伊勢神宮なのであった。走っているうちにおかげ横丁という賑やかな通りにハマッてしまった。まあ別に自転車は通行禁止というわけではないのだが、これを自転車を押して進むというのは東京駅のエキナカでそれをやるのと同じだぞ(わかりやすいたとえかどうかはわからないが)、ということで、迂回をして国道23号線に出る。
少し行くと道は駐車場になって行き止まりのように見えるのだが、実はこの奥が県道12号線であり、ここから峠道が始まるのでもあった。
ここには、この先は南伊勢町まで大型車が抜けることはできない、というような標識が建っている。望むところだ。少し行くと、この先は大変な道だから800m引き返して県道32号線で行った方がいいよ、というようなおせっかいな標識まである。
誰が聞いてやるものか。
しょっぱなから狭めの1.5車線路だ。左には五十鈴川の渓流があり、そして道路自体は木々に囲まれて薄暗い。カーブもきつい。路面の中央にはコケが生えている。では険しい山岳路のムードかというとそうでもない。時折漂うキンモクセイの香りが示す通り、ぽつぽつと人家があり、耕地もある。しかし耕地は段々の芝生のようなもので、いったい何を作っているのかよくわからない。
ミンミンゼミやツクツクボウシの声が最初するが、やがてそれは薄れていき、ヒヨドリの声がよく聞こえるようになる。もちろん背景の水音は変わらないままだ。
植物の方では、最初道端の斜面にシダが多くて南国だなあという感じだったが、上るにつれてそうでもなくなる。薄暗い森の中であるが、照葉樹がメインで(ヒノキもあるが)、伊勢神宮の裏山であることから、鎮守の森の暗さを連想する。
そういえば、この道路から分岐する脇道の林道はどれも神社の名前で立入禁止になっているし、路傍の距離標も、三重県の名前のついたものと神宮司庁の名前の入ったものが混在しているのだが、道路を一歩外れると神社の敷地だったりするのだろうか。
その単調な森の中の道をしばらく進むとやがて人家はなくなり、ヘアピンで斜面を折り返して上るようになる。1段上や1段下の道を随所で眺める。さしもの水音もここに来て遠ざかる。ヒヨドリの声もせず、聞こえるのは小さい秋の虫の声だけだ。
しばらく行くと鞍部の直下でまた水音がしてくる。沢を渡って鞍部に到着。三重県の距離標だと16.0kmと16.5kmの間だったと思う(神宮司庁のものとは数字が違うのだ)。鞍部は深い切り通しになっており、薄暗くて湿っぽい。
その切り通しを抜けると広場が右側にあり、眺望が開ける。熊野灘と、その手前の山並み、そしてその間にちらりとこれから下る五ヶ所浦の集落が見える。
またこの鞍部にはけっこうかっこいい剣峠の石碑、野口雨情の詩碑、小次郎池なる池がある。この池については、看板によると佐々木小次郎が山犬を切った刀を洗ったと言われていますとのことだが、石碑によるとこの峠が開かれたのは1890年だというから、どうなのかわからない。なおこの池には金魚が泳いでおり、瓶に入った金魚の餌も置いてあったので、おれは餌を2つほど投げてやった。
下り始める。やはりやや暗い林の中の区間が多い。上りにはなかった点として、沢水が路面を横切って流れていて路面が水浸しのところがある。また、ガードレールがある区間がある(上りの間はガードレールは皆無だった記憶がある)。
あと、箇所は多くないが、海に突き出すような急な右カーブがあり、目の前が明るく、そして何だか暖かく感じられる(道の雰囲気をわかってもらえると思う)。
やがて人家と耕地が現れる。またしてもキンモクセイの香りがする。謎めいた芝生っぽい耕地はここにもある。庭木を栽培しているようにも見えるが、背の高い木はほとんどない。やはり何なのかわからない。知っている人は教えてください。
切原の集落を過ぎて、五ヶ所浦で国道260号線に行き当たる。目の前が海だ。結局ここまでの峠道で出会った通行者は自転車3台と自動車3台だけだった。
19年前の早春にはこの市街地の公園で野営をしたのだが(棚橋峠参照)、今日はそのときとはかけ離れたおれがひとりでいて、そのときとはかけ離れたキンモクセイの香りがするばかりだった。そういう感傷もまあいいものだ。
2014年11月6日初版