北条峠
美しい人里の峠
読み方 | ほうじとうげ | |
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標高 | 564m | |
位置 | 静岡県浜松市 | |
道路 | 静岡県道290号線 | |
水系 | 天竜川 | |
実走日 | 2006年11月3日(金) | |
地図など | Google Maps・地図院地図 |
耕して天に到る。佐久間や水窪の町に来るとこの言葉を思い出す。この北条峠の道行きはそんな風景のただ中を抜けていく。それはつまり生活の場としての峠である。
その一方で、それなりに高度差はあるので、水窪と佐久間の町を結ぶ短絡路としての使い途はほとんどない。なお、この峠は、杖突峠、分杭峠、地蔵峠、青崩峠と南下してきた中央構造線の通り道にもあたっている。
ところで、この峠へ来る前の夜、飯田線での輪行中、電車のロングシートに黙然と座っていて、ふと頭を回してドアの上の広告を見ると、ほうじ峠の地蔵様という文字が目に入った。立ち上がって読んでみると民話の書かれた広告だった。それはこんな話だった。――昔飛騨に家族を置いて北条峠に住んでいた杣がいた。彼は心優しく子どもたちをはじめとして村人に好かれていた。しかしある朝、杣は小屋で泊めてやった旅の男に殺されており、家族のために貯めていたお金もすべて奪われていた。村人は彼をしのんで峠に地蔵様を建てた。
おれは青崩峠を越えてきて、そのまま水窪側からこの峠を越えることにした。国道152号線の芋堀の集落で右折して県道290号線に入る。標高は220mあまり。
じりじりとした上りが続くが急坂というほどのものではない。南側に高い尾根があるせいだろうが、路面には陽が当たらず、またうっすらとコケのようなものが生えている。
少し進むと目の前が開け、山村集落と茶畑の風景が広がる。その中に旧佐久間町が建てた民話の看板がポツリとある。昨夜の車内広告もそうだが、佐久間は民話の里として売り出し中らしい。少し醒めた言い方をすれば。
その風景の中を進むといったん暗い林の中になり、やがてそれをまた抜ける。この風景の中であるから、集落の中を走る方が楽しいに違いない。幸いに大縮尺の地図も持ってきている。
そこでおれは次の交差点で左に折れて集落道を選ぶ。緩い斜面を斜めに横切って標高を稼ぐ。見れば、石垣、茶畑、家々、背後の緑の尾根。そしてあくまでも静寂が支配する。いい雰囲気だ。その中にもやはりさっきの類の看板がある。
それにしても、こういった美しい風景の中を走っていて、自分が泥棒稼業にでも手を染めてしまったかのような、後ろめたい気分になるのは何故か。
山村の雰囲気をたっぷり堪能した後、途は再び県道290号線に合流する。そこから林の中を少し進むと鞍部。北条峠の石柱があり、北条にはホウジとルビが振ってある。漢詩の看板もあり、青崩峠の例も考えると漢詩好きな土地柄と見える。
石柱の脇には小さい地蔵尊がある。件の地蔵様はこれに違いあるまい。手を合わせる。
鞍部の右側には民俗文化伝承館という建物がある。そばなども食べられるようである。建物の前の広場には中央構造線の案内看板があり、結露したガラスケースの中に岩石標本が置いてある。
また峠の北側の眺めはいいのだが、残土捨て場になっており、雰囲気はよくはない。
下りは林の中が多いが集落や茶畑も小規模ながらある。途中、小さなものだが、茶という形に刈り込まれた茶畑を見る。
途中で左カーブの浅い切り通しを通過する。ここが二本杉峠だが、道路の断面形状からは下りの途中である。木の峠標柱と石碑があるほか、ここにも民話の看板があり、ここでかつて戦国武将が箸に使った杉の枝を地面に突き立てたところ杉の木になった――という。
この二本杉峠も人里の峠である。何しろゴミの集積場がある峠なのだ。
二本杉峠を過ぎて少し行くと左手に西日に向かって直線谷が広がっている眺めがある。それを過ぎるといよいよ林の中の一方的な下りが始まる。途中に三階松のいっぱい水という清水があった。飲んでみたがちょっと変わった味だと感じた。
やがて飯田線の踏切を渡る。これまでさんざん山の中を走ってきたので、踏切があるということがにわかに信じられず、思わず地図を確認する。
やがて佐久間の市街地で国道473号線に合流する。標高は135m。おれは輪行するために中部天竜まで走った。振り返ると佐久間の市街地の後背にさっきその中を通ってきた山腹の集落が見えた。それはありふれた眺めではあるが、もう前と同じようには見えなかった。
2007年2月16日初版 / 2010年4月7日更新